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東京地方裁判所 平成5年(ワ)24668号 判決

原告

金子康枝

被告

野口好五郎

主文

一  被告は、原告に対し、金三二二〇万三一八〇円及びこれに対する平成六年一月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一億二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月二八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件事故の発生(当事者間に争いがない)

1  事故日時 平成五年一月二八日午後八時一五分ころ

2  事故現場 東京都品川区上大崎二丁目一〇番一七号付近道路

3  被告車 事業用普通乗用自動車

運転者 被告

所有車 被告

4  事故態様 原告が被告運転の被告車にタクシーの乗客として乗車していたが、被告が、被告補助参加人ショーボンド建設株式会社(以下、単に「補助参加人」という。)が設置していた工事現場を見落としたまま左に車線を変更したため、前方に補助参加人が設置していた工事用コードリールを認めて慌ててハンドルを切つたものの、及ばず、被告車をガードレールに衝突させるなどし、原告を被告車のフロントガラスに衝突させた。

二  原告の傷害と後遺障害(甲九の一ないし七、一〇、一一の一ないし一〇、一二、四三、四四、四五)

原告は、本件事故によつて、顔面挫創、第六、八胸椎圧迫骨折、肋骨骨折、第一腰椎圧迫骨折、頚部挫傷、腹部打撲、右側顎関節症、右角膜上皮炎、左角膜上皮障害等の傷害を負つた。

原告は、事故当日の平成五年一月二八日から同年二月二六日までの三〇日間、財団法人河野臨牀医学研究所附属北品川病院(以下、「北品川病院」という。)に入院して治療を受け、同月五日から同年一二月六日まで、慶應義塾大学病院(以下「慶應病院」という。)に通院して治療を受け、その間の同年八月三一日から同年九月一三日までの間、同病院に形成手術のため入院して治療を受けた。

原告は、右治療の後、後遺障害を残存し、右後遺障害のうち、頭部、顔部打撲に伴う左眼視力障害(平成五年一二月二七日症状固定)については、自動車保険料率算定会(以下「自算会」という。)から自動車損害賠償保障法施行令二条別表の後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という。)九級二号に、胸椎及び腰椎の圧迫骨折に伴う脊椎の変形障害(平成五年一二月六日症状固定)については同一一級七号に、顔面挫創に伴う醜状痕(平成六年二月五日症状固定)については同一二級一四号に、それぞれ該当し、原告の後遺障害は、後遺障害等級の併合八級に該当すると認定された。

三  責任原因(当事者間に争いがない)

被告は、一般乗用自動車旅客自動車運送事業を行うものであるが、被告車の乗客として乗車した原告と旅客運送契約を締結したのであるから、安全に目的地まで運送する債務を負うにもかかわらず、前方の注視を怠つて被告車を走行させた過失によつて本件事故を惹起したものであるから、商法五九〇条一項により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

第三争点及び争点に対する判断

一  原告の休業損害及び逸失利益の算定の基準となる原告の収入

1  原告は、「代表取締役を務める訴外旭屋エンタープライズ有限会社(以下「訴外旭屋」という。)から、本件事故当時、名目上は貸付金返済としてであるが、実質的には労働の対価である役員報酬として毎月七〇万円を受領していた。また、原告が個人で営業していた六本木メランコリーVIPCLUB(以下「VIP」という。)の利益は、毎月五〇万円を下ることはなかつた。したがつて、原告の収入は月一二〇万円である。仮に、そうでないとしても、原告は、本件事故時の原告と同年齢の賃金センサス第一巻第一表の男子短大卒労働者の平均賃金を得ていた。」と主張している。

2(一)  甲七の一ないし三、一六の一及び二、一七、一八の一及び二、一九の一ないし三、二〇の一ないし三、二一、二二の一ないし七、二三、二四、二五の一ないし四、二六ないし二八、二九の一ないし三、三〇の一ないし四、三一ないし三三、三四の一ないし七、三五の一及び二、三六の一及び二、三七、三八の一ないし三、三九の一ないし九、四〇の一ないし五、四一の一ないし四、四二の一ないし五、五三ないし五五、五六の一及び二並に原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(二)  原告は、フエリス女学院(当時は短期大学)を卒業後、会社勤務を経て、昭和五〇年ころから、東京都港区六本木などで六本木メランコリー(以下「六本木メランコリー」という。)等のバーを経営していたが、昭和五九年に、原告の両親と共同出資して訴外旭屋を設立し、代表取締役に就任して、本件事故当時まで、同社の代表取締役として右六本木メランコリー等のバーの経営等に当たつていた。訴外旭屋の出資金の比率は、平成元年二月から同年九月末日までの年度及び平成元年度(平成元年一〇月一日から平成二年九月末日まで)は、平成二年度(平成二年一〇月一日から平成三年九月末日まで)は、原告が二〇〇万円、原告の父の訴外金子一義(以下「訴外一義」という。)が五〇〇万円、原告の母の訴外金子照(以下「訴外照」という。)が五〇〇万円であり、訴外一義が死去した後の平成三年度(平成三年一〇月一日から平成四年九月末日まで)及び平成四年度(平成四年一〇月一日から平成五年九月末日まで)は、原告七〇〇万円、訴外照が五〇〇万円となつている。

その後、原告は、平成二年六月にストレス性脳溢血を発症し、その治療のため、一時期、訴外旭屋の業務に従事していなかつた。そして、原告は、右傷害の影響で、左上肢、左下肢麻痺の障害を残したものの、平成四年には訴外旭屋の業務に復帰し、平成四年六月に六本木メランコリーを拡張し、さらに、同年一一月には、VIPを開店した。

(三)  訴外旭屋の会計年度は、前年の一〇月一日から九月末日までであるところ、同社の営業成績は、平成元年二月から同年九月末日までの売上高は五五二五万三一八七円、利益は一九一九万三九一五円の赤字、平成元年度(平成元年一〇月一日から平成二年九月末日まで)の売上高は一億〇五三九万三一〇一円、利益は一三〇六万〇四四三円の赤字、平成二年度(平成二年一〇月一日から平成三年九月末日まで)の売上高は六一二九万八四三〇円、利益は九七七万一〇九三円の赤字、平成三年度(平成三年一〇月一日から平成四年九月末日まで)の売上高は四〇七二万六九三〇円、利益は四四二万八〇〇四円の黒字、平成四年度(平成四年一〇月一日から平成五年九月末日まで)の売上高は一九八三万円、利益は九六〇万三四二九円の赤字となつている。

また、VIPは、平成四年一一月には、二八九万八九九〇円、同年一二月は三五四万四九五〇円、平成五年一月は一二五万七二四〇円の売上を上げた(なお、被告及び補助参加人は、甲二九の一ないし四は、申告期限を過ぎ、かつ、本件事故後に作成、提出されたものであるから、信用できない旨主張するが、右各証拠のほか、甲二八の売り上げメモ等の各証拠は、その記載や六本木メランコリーの売り上げ等と比しても、期限が過ぎているとの事実だけで信用性を欠くものではなく、他に、右認定を覆すに足りる証拠はない。)。

(四)  訴外旭屋の確定申告によれば、同社の借入金は、国民金融公庫等の金融機関を除くと、原告、原告の父の訴外一義及び原告の母の訴外照からの借入金であるところ、確定申告上の訴外旭屋の借入金の推移を見ると、平成二年から平成三年の会計年度では、原告からは一二七八万〇七七四円、訴外一義からは九四四一万五四二〇円、訴外照からは八一八万四五二〇円の合計一億一五三八万〇七一四円であり、平成三年から平成四年にかけての会計年度では、原告からは一億〇〇六九万六一九四円、訴外照からは一七八二万〇六七七円の合計一億一八五一万六八七一円であり(訴外一義は死去したため原告と訴外照が相続)、平成四年から平成五年にかけての会計年度では、原告からは六二八三万三六二〇円、訴外照からは六五〇二万八三八七円の合計一億二七八六万二〇〇七円となつている。

(五)  原告は、訴外旭屋から、昭和六二年は二〇一〇万円、昭和六三年は二〇七〇万円、平成元年は九六〇万円、平成二年は一四四〇万円、平成三年は一五〇万円の役員報酬を受取つていたが、平成四年は、役員報酬を受取つておらず、本件事故後、平成五年分として、三五〇万円の役員報酬を受取つた旨税務申告している。また、原告は、昭和六二年は一八三〇万三四〇〇円、昭和六三年は一八三一万三二〇〇円、平成元年は一二九二万三五九八円、平成二年は一一九九万〇一二三円、平成三年は一一三万四三〇八円、平成四年は二二六万三四二一円の各所得を得たとして税務申告していたが、平成五年は税務申告を行つていない。なお、平成三年と平成四年の原告の収入は、不動産収入である。

3(一)  原告は、平成四年分以降も毎月七〇万円の役員報酬を受領していたが、役員報酬名目で受領していたのではなく、借入金返済名目で会計処理をしていたと主張しており、甲五六の一及び原告本人尋問中には、右主張に沿う供述も見受けられる。

確かに、原告が、本件事故当時も訴外旭屋の業務に従事していたことは証拠上明らかであり、訴外旭屋は、原告とは法人格が異なる企業であるのであるから、原告の右労務の提供は、本来それに相応する報酬として評価されてしかるべきものである。そして、原告は、訴外旭屋の代表取締役であるとともに株主でもあり、税務対策上、役員報酬を、名目を変えて支給することもあり得ることではある。

しかしながら、前記認定の平成四年の借入金の推移を見ると、前年度と比して、借入金の総額は増加し、その内訳が、原告からの借入金が減額し、訴外照からの借入金が増額しただけになつており、原告に借入金を返済していることが証拠上見受けられない。したがつて、甲五六の一及び原告本人尋問中の毎月七〇万円を役員報酬相当分として借入金返済名目で会計処理をしていたとの供述部分は採用できず、平成四年分以降は、毎月七〇万円を役員報酬相当分として借入金返済名目で会計処理をしていたとの原告の主張は採用できない。

なお、原告は、訴外旭屋の代表取締役であるとともに株主でもあるのであるから、右七〇万円の全額ではなく、原告の訴外旭屋に提供した労務の対価部分だけが原告の休業損害及び逸失利益を算定する際の基準たる収入となりうるのであるから、結局、仮に、平成四年度以降は、借入金返済名目で毎月七〇万円の役員報酬を受領していたとしても、月額七〇万円を基準にして原告の休業損害及び逸失利益を算定することは相当ではない。

(二)  次にVIPからの収入でありが、前記のとおり、VIPは、平成四年一一月には、二八九万八九九〇円、同年一二月は三五四万四九五〇円、平成五年一月は一二五万七二四〇円の売上を上げていることが認められるものの、毎月の賃料、九名雇つている従業員の給与、その他の諸経費を要することのほか、同種業種である訴外旭屋の営業経費率を考慮すると、原告主張のように、毎月五〇万円の利益を上げていたとまでは認められない。

被告及び補助参加人は、VIPは、原告が経営していたのではなく、訴外旭屋が営業していたのであるから、VIPの営業に関する収入は、原告の収入として認めるのは相当ではないと主張する。しかしながら、甲二四、二五の一ないし四、二六、二七、二九の一ないし四、三〇の一ないし四、三四の一ないし七、三五の一及び二、三六の一及び二、三七、三八の一ないし三並びに原告本人尋問の結果によれば、VIPの飲食店許可及び風俗営業許可の申請、店舗の賃貸借契約の締結、解除及び賃料の支払い等、VIPの営業に関する事項は、全て原告が原告個人名で行つていること、訴外旭屋の確定申告に際し、六本木メランコリーは営業店舗として記載されているが、VIPは記載されていないことが認められるので、VIPは原告個人の営業と認められる。

(三)  以上によれば、原告が、訴外旭屋から毎月七〇万円の役員報酬を受取つており、かつ、VIPから毎月五〇万円の利益を得ていたとは認められない。

4  ところで、原告は、本件事故当時も訴外旭屋の業務に従事していたことは証拠上明らかであり、訴外旭屋が、原告とは法人格が異なる企業であるため、原告の右労務の提供は、本来それに相応する報酬として評価されてしかるべきものである。そこで、本件における原告の労務の対価として認められる収入を検討する。

昭和六二年以降、原告が病気で休業するまでの期間、訴外旭屋は多額の売上げを上げ、原告も高額の役員報酬を受領していたことが認められる。当時の好景気を考慮しても、原告の収入は、当時の原告の年齢に応答する年齢の賃金センサス第一巻第一表の女子短大卒労働者の平均賃金に比して、相当高額である。訴外旭屋の売り上げの変動に合わせて原告の役員報酬の額も大幅に変動していることも考慮すると、右役員報酬の全額が原告の労働の対価の性格を有するものとは認めがたいとしても、右の当時は、原告は、少なくとも、原告と同年齢の賃金センサス第一巻第一表の男子短大卒労働者の平均賃金を上回る収入を得ていたと認められないではない。しかしながら、その後、原告は、前記の病気で休業した後、左上肢、左下肢麻痺の障害を残したため、右障害の影響で原告の労働能力は低下したと考えられる。他方、原告は、平成四年七月ころから業務に復帰したところ、訴外旭屋の売上高及び利益等の推移を見ると、原告が業務に復帰した平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日の期間は、売上高も回復し、四四二万八〇〇四円の営業利益が計上されているのであり、業務内容の改善が認められる。訴外旭屋は、原告と別人格と言つても、原告の労働力の影響を強く受ける会社であることは明らかであり、訴外旭屋の業績の回復は、原告の業務への復帰が大きく影響を与えていることは明らかである。しかも、原告は、訴外旭屋の業務に復帰する一方で、VIPを開店し、訴外旭屋への労務の提供以外に、収入の道を開いていたと認められるのであり、原告の労働能力は、これらの売上げを上げられる程度に回復していたものと認められる。

これらを合わせ考えると、原告は、本件事故当時には、病気休業前の水準である原告と同年齢の賃金センサス第一巻第一表の男子短大卒労働者の平均賃金の収入を得るに足りる労務を提供できる程度にまで回復はしていないにしても、少なくとも原告と同年齢の賃金センサス第一巻第一表の女子短大卒労働者の賃金に相当する収入を得るに足りる労務を提供していたと認めるのが相当である。原告は、本件事故当時四九歳であつたから、休業損害は、本件事故時の平成五年賃金センサス第一巻第一表の女子新大卒労働者の四九歳の平均賃金である年間四五八万九六〇〇円を基準に算定するのが相当である。または、逸失利益については、原告は症状固定時は五〇歳であつたから、症状固定時の平成六年賃金センサス第一巻第一表の女子新大卒労働者の五〇歳の平均賃金である年間四八〇万六二〇〇円を基準に算定するのが相当である。

二  原告の労働能力喪失率

1  被告及び補助参加人は、原告は、本件事故当時、既に、左上肢、左下肢麻痺の障害を残していたのであるから、また、原告は元々視力が低下していたのであるから、原告の視力障害は、労働能力には大きな影響を与えず、これらの点を考慮すると、原告の労働能力喪失率は、最大でも一〇ないし一五パーセントが相当であると主張している。

2(一)  原告が、前記病気の影響で、本件事故当時、左上肢、左下肢麻痺の障害を残していたことは、証拠上、明らかである。

しかしながら、原告は、本件事故によつて、本件事故時に残存していた左上肢、左下肢麻痺等の障害とは全く異なつた、視力障害等の新たな障害を残存した。それ故、従来から左上肢、左下肢麻痺の障害を残していたからといつても、そのことによつて、本件事故によつて生じた後遺障害によつて生じる原告の新たな労働能力の喪失の程度に影響を与えるものとは認められない。しかも本件では、原告は、自助努力で左上肢、左下肢麻痺の障害を克服し、前記認定のとおり、本件事故時には、原告と同年齢である四九歳の賃金センサス第一巻第一表の女子短大卒労働者の賃金に相当する労務を提供しうる程度に回復していたと認められる。本件事故時の収入に労働能力の喪失を乗じて逸失利益を算定するのであるから、本件における原告の労働能力喪失率について、左上肢、左下肢麻痺の障害を残していたことの影響を考慮して、労働能力喪失率をさらに減じるのは、右の原告の自助努力による収入の回復を全く考慮しないものであり相当ではない。

(二)  次に、被告及び補助参加人は、原告は元々視力が低下していたのであるから、原告の視力障害は、労働能力には大きな影響を与えないとも主張するが、原告は、本件事故前は、矯正視力は一・〇であつたことが認められ、本件事故によつて矯正視力が〇・六以下に低下したのであり、これによつて、原告の労働能力が、右の後遺障害等級に相当する程度に、新たに減少したことは明らかであり、他に、右認定を覆すに足りる証拠はないので、被告及び補助参加人の主張は採用できない。

(三)  そして、原告の前記各後遺障害の内容、程度を考えると、原告は、本件事故により、最も重度の障害である頭部、顔部打撲に伴う左眼視力障害の後遺障害等級九級に該当する三五パーセントの労働能力を喪失したと認めるのが相当である。

第四損害額の算定

一  原告の損害

1  治療費 五万〇七四〇円

甲一一の一ないし一〇により認める。

2  マツサージ費 五万七〇〇〇円

甲一四の一及び二、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告が本訴において請求するマツサージ治療を受けた期間は、本件事故直後の北品川総合病院に入院中の平成五年二月分と退院直後、慶應病院に通院中の同年三月分であり、原告の受傷の程度、通院状況等に鑑みると、右マツサージ治療は、原告の右症状の改善に有益であつたと認められ、右マツサージ治療に要した費用も本件事故によつて生じた損害と認めるのが相当である。甲一四の一及び二、弁論の全趣旨によれば、原告が、右の期間のマツサージ治療に要した費用は、合計五万七〇〇〇円と認められる。

3  入院付添費 一五万円

前記のとおり、原告は、平成五年一月二八日から同年二月二六日までの三〇日間、北品川病院に入院して治療を受けたが、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右の入院期間中、看護を要したこと、右入院中の三三日間、原告の実母が付添看護を行つたことが認められる。一日当たりの看護に要する費用は、経験則上五〇〇〇円と認められるので、右入院期間中の看護費用は、一五万円と認められる。

4  入院雑費 五万七二〇〇円

前項のとおり、原告は、本件事故によつて四四日間入院して治療を受けたことが認められるところ、右入院期間中に雑費として、経験則上一日当たり一三〇〇円を要したと認められるので、入院雑費は合計五万七二〇〇円と認められる。

5  通院交通費 三七万二〇〇〇円

前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため、慶應病院に六二日間通院したこと、通院にはタクシーを私用したこと、一回の通院には原告主張のとおり往復六〇〇〇円のタクシー代を要したことが認められるところ、原告の症状に鑑みると、通院にタクシーを使用することは相当と認められる。したがつて、原告の通院交通費は、三七万二〇〇〇円と認められる。

6  器具代等 七万二一六五円

乙四の一及び二、五の一ないし四、六の一ないし四、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故によつて、矯正視力が〇・六以下に低下し、コンタクトレンズとメガネの併用が必要となつたこと、原告は、本件事故当時も歩行補助具を私用していたこと、本件事故の態様等に鑑みると、歩行補助具の調整が必要であつたことが認められる。したがつて、原告は、本件事故によつて、メガネ代三万四五〇五円、コンタクトレンズ代二万二六六〇円及び歩行補助具の調整費一万五〇〇〇円の合計七万二一六五円の損害を負つたと認められる。

7  休業損害 三七九万一〇六一円

(一) 原告の症状、治療の経過、回復状況を見ると、原告は、本件事故当日から慶應病院を退院した平成五年九月一三日までの二二九日間は、全く就労することができず、一〇〇パーセントその収入を得ることができなかつたと認められ、その後、症状が固定した平成六年二月五日までの一四五日間は、その五〇パーセントの収入を得ることができなかつたと認めるのが相当である。

前記認定のとおり、原告の収入は、本件事故時である平成五年の賃金センサス第一巻第一表の女子短大卒労働者の四九歳の平均賃金である年間四五八万九六〇〇円と認められるところ、右の収入は一日当たり一万二五七四円になるので(円未満切り捨て。以下、同様)、原告の休業損害は合計三七九万一〇六一円と認められる。

(二) 原告は、「VIPは、本件事故により、開業後九か月で廃業したため、投下資本回収の期間であり、廃業まで家賃等の固定経費の支出を余儀なくされていることから、少なくとも同店の休業期間中である平成五年二月から同年七月末までの同店の売上げ減を原告の損害と考えるのが相当である。VIPは、毎月平均二六〇万七〇八五円の売上げを上げていたので、その六か月分の一五六四万二五一〇円が原告の損害となる。」とも主張しているが、原告が、VIPの営業を休業したことによつて失つたうべかりし利益は、単に同店の売り上げではなく、経費等を控除した所得であるところ、前記認定のとおり、VIPが利益を上げていたと認めることはできないのみならず、右の休業損害は、VIPの営業を休業したことも含めて原告の休業損害を算定しているので、いずれにしても原告の主張は採用できない。

8  逸失利益 一八九六万四七八四円

前記認定のとおり、原告は、症状固定時五〇歳であつたので、本件事故によつて、労働可能な年齢である六七歳までの一七年間、毎年、症状固定時である平成六年の賃金センサス第一巻第一表の女子短大卒労働者の五〇歳の平均賃金である年間四八〇万六二〇〇円の四五パーセントに当たる得べかりし利益を喪失したものと認められる。したがつて、原告の逸失利益は、右四八〇万六二〇〇円に、労働能力喪失率三五パーセントと一七年間のライプニツツ係数一一・二七四を乗じた額である金一八九六万四七八四円と認められる。

9  VIPの休業に伴う損害 四〇七万八二三〇円

(一) 原告は、

(1) 休業中の支出

ア 家賃六か月分(管理費等を含む)

三九六万二八七一円

イ カラオケ機械リース代二か月分 一二万円

(2) 廃業により回収不能になつた設備投資費等

ア 店舗賃貸借の礼金 六一万八〇〇〇円

イ 同仲介手数料 六一万八〇〇〇円

ウ 看板制作費 一八万五四〇〇円

エ ホステスの歯の矯正費用 四〇万円

オ 風俗営業許可申請費用 二五万九三一四円

カ 案内状印刷代 三五万七四一〇円

(3) 店舗の中途解約料 一八〇万円

(4) 廃業しなければ得られたはずの収益一一か月分 五五〇万円

(5) 合計 一三八二万〇九九五円

が、VIPが休、廃業したことに伴う損害であると主張している。

(二)(1) 前記のとおり、VIPは原告個人の営業と認められ、かつ、VIPは平成五年二月六日から休業し、同年七月に閉店したことが認められるが、その間の店舗の賃料及びカラオケ機械のリース料は、原告の休業中に伴つて発生した損害と認められる。

甲三四の一ないし七及び三五の一及び二によれば、休業中の店舗の賃料の合計は三九五万八二三〇円(同年一月の電気料金、上下水道料金、過払い返金分を除いたもの)であり、カラオケ機械のリース料は合計一二万円と認められるので、これらについての原告の損害は合計四〇七万八二三〇円と認められる。

(2) 他方、廃業しなければ得られたはずの収益については、VIPが利益を上げていたと認めるに足りる証拠はないことは、前記三で認定したとおりであるのみならず、VIPの休業に伴う損害については原告の休業損害の算定に際し考慮済みである。また、原告の主張する廃業により回収不能になつた設備投資費等、店舗の中途解約料のその余の損害については、本件事故と相当因果関係が認められない。

10  慰謝料 一〇〇〇万円

原告が症状固定までに要した入通院期間、原告の後遺障害の程度、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における慰謝料は、傷害慰謝料が二三〇万円、後遺障害慰謝料が七七〇万円の合計一〇〇〇万円と認めるのが相当である。

11  合計 三七五九万三一八〇円

二  既払金 八三九万円

原告が、自賠責保険から八一九万円、被告から二〇万円の合計八三九万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

三  損害残額 二九二〇万三一八〇円

四  弁護士費用 三〇〇万円

五  合計 三二二〇万三一八〇円

なお、原告は、旅客運送契約違反に基く損害賠償債務として、本件事故日である平成五年一月二八日から支払済みまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めているところ、右は債務不履行に基づく損害賠償債務であるから、期限の定めのない債務として民法四一二条三項により、原告が請求をした日の翌日から遅滞に陥ると解するのが相当である。本件において、原告が被告に請求したと、証拠上、明確に認められるのは訴状が被告に送達された日である平成六年一月二八日であるから、その翌日である同月二九日から遅延損害金を請求できると解するのが相当である。

第五結論

以上のとおり、原告の請求は、被告に対して、金三二二〇万三一八〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年一月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 堺充廣)

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